『居眠り磐音 江戸双紙』第13巻「残花ノ庭」&第14巻「夏燕ノ道」/佐伯泰英

20120601

第13巻「残花ノ庭」

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この巻での大きな出来事は、一つは谷中日暮里の隠居所に幸吉が注文の鰻を届けに行くのを磐音が同行するが、隠居所には年寄りと女しか居ないのに目を付けた強請りに出くわす。
そしてまた一つは長崎の阿蘭陀商館長は大名の参勤交代にならって年に一度将軍家にお礼参上するが、同行する外科医のツュンベリーが将軍家治の養女種姫の麻疹を診ることになった。が、将軍家治が蘭方医を重用することに漢方医派が反発し、外科医のツュンベリーを襲う騒ぎにまでなる。それを磐音が中川淳庵と桂川国端に付き添って警護をする。

おそめに奉公の話があり、柳橋の茶屋の娘衆にという話に金に目がくらんだ父親が乗ってしまい騒動になるが、おそめは縫箔の職人になりたいと言う。磐音とおこんがおそめを連れて今津屋の紹介で親方に会いに行く。親方はおそめに絵を描かせたりして、おそめの才能に感心するが、まだ身体が細いので身体が大きくなってから、また他の仕事も見た上で、やはりこの仕事がしたいなら引き受けると言ってくれた。
それまで、おそめは今津屋で働くことになる。

今津屋には、将軍家の日光社参の費用工面のため、両替商一統に金子を都合せよとの話が入ってくる。幕府開闢以来170年という時勢では、幕府の御金蔵にも各大名にももはや蓄えはなく、商人に頼らざるを得ないのだ。今津屋は、その杜撰な会計にあきれて、費用を都合する代わりにその勘定方に商人の実務方を入れるよう注文をつけた。でその総指揮を今津屋の老分由蔵がとることになる。当然後見の磐音も頼りにされることになる。

おこんが見合いをすることになり、磐音を追いかけまわしていた小田桜子は桂川国端と付き合うことを宣して去り、「奈緒の幸せを陰から見守る」と覚悟した磐音も、鬱々とした日々を送ってしまう。
そんな磐音を佐々木玲圓が炎の燃え立つような打ち込み稽古で磐音をボロボロにしたあとで、茶を飲みながら磐音に諭すのであった。
「磐音、己の心の赴くままに生きることも時に必要じゃぞ。そなたは他人には優しい、寛容に過ぎる。だが一方で己の感情を粗末にしておる。そなたは自然体でそれをこなしていると思うているようだが、どこかに無理がかかっておる。その我慢が時に乱れて、周りまでを苦しゅうする」
「磐音、寂しければ大声で泣け。哀しければ我を忘れて狂え。怒りたければ叫べ。それも人間じゃぞ。我慢ばかりしておると、器が時に小さくなる、卑屈にもなる。そなたに一番似合わぬことよ」
「磐音、そなたらしい気の遣い方であるとは思う。だがな、物事をそう相手任せでは己が辛くなるでな、心を自在に広げて素直になることも大切じゃぞ」

磐音の父正睦が晴れて国家老となったが、いよいよ江戸に出てきて磐音と会う。佃島に御用船が到着するのを磐音はおこんを連れて出迎える。すでに磐音の妹婿から江戸での磐音の生活を聞いていた正睦は、おこんに磐音が世話になっていると、腰を折って礼をいうのであった。

この巻で、磐音が真剣で相対したのは、佐々木玲圓道場の門下生で問題を起こして道場を逐電した「雑色右馬之助」、中条流、愛洲陰流。


第14巻「夏燕ノ道」

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この巻での大きな出来事は、一つは安永5年(1776)、十代将軍家治が日光社参に出発。供は御三家、大名から人足まで入れると、述べ400万人、馬30万匹を数える一大行事である。磐音は便宜上勘定奉行の家来として、実質は今津屋らが加わる幕府出納方の一員として加わる。
しかも将軍家治は、本来江戸に残るべき世子家基に社会勉強をさせたく、ひそかに同行させる。家治の行列とは別行動である。これも磐音が警護の役を引き受ける。
一方で、老中田沼意次は前将軍家重の時代に実権を握り、家重の遺言もあって家治は相変わらず田沼意次を重用していたが、世子家基が聡明であり政治に意欲的なことから、家基が将軍になれば自分が遠ざけられることが必至であることから、ついに田沼意次は忍び雑賀衆を使って、世子家基を亡きものにしようと企む。

将軍の日光社参は、通常の日光道中と違っていて、浅草御門から聖堂と神田明神の間を抜け、加賀金沢藩の上屋敷前を通り、駒込追分で右手に取り、王子、岩淵を経て、戸田川を越え、岩槻城下で一泊目。二泊目は古河、三泊目は宇都宮であった。

世子家基は、将軍御側衆速水左近から種姫の麻疹を外科医のツュンベリー・中川淳庵・桂川国端が直した際反対派の襲撃から磐音が護ったことを聞いて知っており、今回は自分を守ってくれるのかと、初対面の際気さくに磐音に礼を言った。
道中、磐音と親しくなった家基は、磐音の藩の騒動から今までの経過を聞き、なんと不思議な人生なのかとため息をつくのであった。

豊後関前藩も行列に組み込まれていたが、行列が遅々として進まず岩槻城下には深夜に到着を覚悟していたが、戸田川の渡しで特別な配慮で渡してもらい、藩主実高と供3名だけで岩槻に急行するよう指図される。3名は磐音の父正睦、中井半蔵、小姓として道を急いだ。訳もわからず指示に従ったが、岩槻城下で将軍家治に対面していた。家治は種姫麻疹の折の活躍と、今回もまた世子家基の警護をしている磐音に関して礼を述べる。
家治は実高に「惜しい家来を外に出したものよ」と言い、実高は「実高、磐音を外に出した覚えはござりませぬ」と答えるのだった。

今市から日光までの二里。杉並木が有名だが、これは徳川家康側近の松平正綱が慶安元年に五万本とも二十万本とも言われる杉並木を寄進したものだという。正綱は当初杉の苗木を紀州熊野から取り寄せたが、後には日光周辺の杣人、百姓が栽培したものを使用したという。

この巻で、磐音が真剣で相対したのは、浅山一伝流、忍び雑賀衆の弐手流水車、忍び雑賀衆の四方泰流。


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第13巻「残花ノ庭」この巻での大きな出来事は、一つは谷中日暮里の隠居所に幸吉が注文の鰻を届けに行くのを磐音が同行するが、隠居所には年寄りと女しか居ないのに目を付けた強請...

コメント

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四季歩さん、こんにちは

この2巻の中では、やはり、日光社参の描写が素晴らしかったです。これ、実際にあったのかどうかわかりませんが、日光街道を将軍家と全ての大名が進むとなると、ものすごい状態だったでしょうね。また、お金を面を勘定方と町方の共同と言うか、町方のみにすると言う発想もすごいです。後は、家基が結構、出てきますが、実際はどうだったのでしょうね。

この二巻では

父・坂崎正睦とおこんさんとの対面が、なかなかいい場面です。後々、これが大きな意味を持ってきますよ~。日光社参の旅では、主君・実高が、なかなかいい役どころですね。あとは、風車の弥七、じゃなかった、弥助と霧子のコンビの縁の始まりでしょうか。当方、日光街道といっても土地勘がなくあまりピンと来ませんので、解説が興味深いところです。

コメントありがとうございました

matsumoさん
日光社参は、規模がものすごいので
想像の域を超えています。
大変なものですよね。
家基については、私も今までまったく知りませんでした。


narkejpさん
父・坂崎正睦がとても良い味だしていますよね。
霧子というキャラクターが今後どうなっていくか、
とても楽しみです。
私が住んでいる近くを「日光同心街道」が通っています。
八王子同心が日光警護を交代で行うため通った道とのことです。
やはり杉が植えられて、いい感じですね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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