入間川の天王さま/狭山市

20130714

今日、私の歴史仲間の友人が役員をやっていて、教えてくれたので見にいきました。
八幡神社の境内社に八雲神社がありますが、毎年7月中旬の日曜日に「天王さま」の夏まつりが行われ、お神輿が担がれています。
ここで「天王さま」というのは、牛頭天王のことであり、須佐之男命のことです。
牛頭天王は、悪疫・悪病をもたらす怖い神様という事で、それを鎮める祭りなわけです。
これは京都をはじめとする祇園祭と同じです。
狭山市では、広瀬神社の神輿が市指定文化財となっていますが、入間川のお神輿は、狭山市の中でも群を抜いて大きく、重量も400キロを超えるほどです。
お神輿は八雲神社の中に納められており、安永2年(1773)6月の造営です。屋根には、「ともえ」と寺紋の「卍まんじ」が描かれています。
卍については、明治時代の神仏分離で廃寺となった成円寺(現中央公民館敷地に在った)の頃からの存在を意味し、その古さを伝えています。

八幡神社の境内社の八雲神社。今日は扉が開いています。
130714tennou01.jpg


神輿
130714tennou02.jpg


130714tennou03.jpg


保護のため、さらしを巻いてあります。
130714tennou04.jpg


手締めで気合を入れます。
130714tennou05.jpg


担ぎました。
130714tennou06.jpg


八幡さんの境内から、いよいよ出ます。予定より早く11時半ちょっと過ぎくらいでしたね。
130714tennou07.jpg


「枝に引っ掛けるなよ!」と気合が入ります。
130714tennou08.jpg


ここで行列を組みます。

先導役
130714tennou09.jpg


神職
目が合ったら、「やあ」って。ビックリしました(嬉)
去年、獅子舞の巡幸ルートを教えてもらいに行って、一度会っただけなんですけどね。
130714tennou10.jpg


神輿が続きます。
130714tennou11.jpg


130714tennou12.jpg


神輿が暴走しないよう、先導。大変ですね。
130714tennou13.jpg


交差点で方向転換。担ぎ手の多いこと!
130714tennou14.jpg


「祭りの華」は健在!!
130714tennou15.jpg


130714tennou16.jpg


まだ担いでいたいよ~~
後ろから入って、前にずれていき、先棒から脱けます。
130714tennou17.jpg


つぶされる~~
130714tennou18.jpg


せいや!  せいや!
130714tennou19.jpg


駅にさしかかったので、ロータリーのテラス回廊に駆け上がって、上から撮りました。
130714tennou20.jpg


130714tennou21.jpg


ガンバレ!  ガンバレ!
130714tennou22.jpg


130714tennou23.jpg



まだまだ上から追います。
130714tennou25.jpg


それにしても担ぎ手の多いこと!!
130714tennou26.jpg


ガンバレヨ~~
130714tennou27.jpg


130714tennou28.jpg


130714tennou29.jpg


再び、横から撮ります。
130714tennou30.jpg


外人さんも参加してますね。
130714tennou31.jpg


水で冷やしてあげるよ~~
130714tennou32.jpg


ようやく、最初の休憩ポイント「市民の広場」にやってきました。

シャワーが待ってましたよ~~
130714tennou33.jpg


130714tennou34.jpg


休憩所に、無事に神輿が到着。
130714tennou35.jpg


お疲れ様でした!!!
予定では、各所を巡幸して、八幡さんに戻るのが17時だそうです。
私は、朝が早かったので、ここで失礼しました。
担ぎ手がものすごく多くて、盛り上がっていて、とても良かったですね。


寄居北条まつり2013

20130513

昨日12日、埼玉県寄居町で行われる「寄居北条まつり」に、歴史好きの友人たちと行ってきました。
130513yorii01.jpg


昨年に引き続き、二回目です。
10時に寄居駅につき、ポスターで各種イベントを確認しながら会場に向かって歩いていきました。
「京亭」にさしかかると、入り口に粋なポスター。
130513yorii02.jpg


入り口横には、佐々紅華さんの碑もあります。
130513yorii03.jpg


「京亭」という料理旅館が解放されているのですが、浅草オペラの創始者であり、「君恋し」「祇園小唄」「唐人お吉の唄」などの作曲家「佐々紅華」がここを永住の地と定めて、自ら図を引いて建てたそうです。
それが、その後一時は某宮家の邸宅となったりしましたが、現在は「鮎の宿 京亭」となっています。
建物も庭も素晴らしいです。
130513yorii04.jpg


庭から、合戦の舞台となる玉淀河原がよく見えます。
130513yorii05.jpg


ちょうど、声楽家による「君恋し」をやっていました。
130513yorii06.jpg


それが終わったので、とりあえず玉淀河原に行ってみました。
武者行列に参加する馬が河原でのんびりしていました。
130513yorii07.jpg


130513yorii08.jpg


130513yorii09.jpg


11:10からの、北条華舞台で行われる、女性邦楽ユニット「花くれない」の演奏を聴きにいきました。
130513yorii10.jpg


このユニットは、普段は別々に活動している演奏者がこの日のためにユニットを形成して演奏してくれる、というものでした。
唄・三味線:山本晋乃さん、囃子:島村聖香さん、三味線:成瀬朋子さん、笛:望月太喜若さん。
130513yorii11.jpg


130513yorii12.jpg



そして、それに引き続き楽しみにしていた琵琶の演奏が12:00からありました。
去年とても良かったので、今年は動画を撮ろうと楽しみにしていました。

演奏は、首藤久美子さんという薩摩琵琶では若手の実力者です。
130513yorii13.jpg


130513yorii14.jpg


この日は、「那須与一」と「創作琵琶曲 大福(おふく)御前」を演奏。
「大福(おふく)御前」は、昨年ここで初演されたものです。
大福(おふく)御前というのは、北条氏邦の奥方。
鉢形城を攻撃した豊臣方の藤田信吉(上杉景勝勢の先鋒)は弟であった。大福御前は寄せ手の弟を介して城兵の安全を図った。このため多くの城兵の命が助けられたといわれる。彼女は北条氏邦を追って自刃する。

演奏のかたわら、首藤さんが琵琶の構造、演奏方法を説明してくれたのは、とてもよかった。
130513yorii15.jpg


後半の「大福(おふく)御前」はここが舞台だけに聴いていてグッとくるものがありました。
130513yorii16.jpg


ところが最後の山場にさしかかった時に、警察の迷子の放送が長々と流れ、琵琶の名調子にカブッてしまい、動画を撮っていた私としては、もうガックリでした(泣)
まあ、外の舞台での、迷録画ということで(笑)

続いて、京亭で12:45からの、女性ジャズボーカルによる「君恋し」を聴きにいきました。
女性ボーカリストは、MASUMIさんという方で着物で登場です。
ユニットは、峰岸慶典トリオ。
130513yorii17.jpg


スタンダードナンバーと「君恋し」でしたが、良かったですね。
ハスキーなボーカルと、演奏もベースの音もしっかり出ていて、ギターのテクもばっちり。
久々に生の演奏を聴いて嬉しかったですね。
130513yorii18.jpg


130513yorii19.jpg


いよいよ、玉淀河原での合戦の再現です。

ここには、荒川の流れを見下ろす形で「鉢形城」があったのですが、ちょっと説明しておきます。
鉢形城の歴史
鉢形城は、蛇行する荒川の流れに削られ、切り立った岸壁の上に築かれた多くの郭を持つ城郭です。
いつ築かれたかは明らかではありません。鉢形に陣をはった平将門を追って源経基が鉢形城に入ったという記録や畠山重忠が居城したという伝説がありますが、文明8年(1476年)に長尾景春が主家の山内上杉顕定に叛いて、鉢形城に拠点を構えたのが資料として明らかな最初の出来事・長尾景春の乱です。
この乱を鎮めたのは、扇谷上杉家の家宰を務めていた太田道灌でした。荒川の上流から兵を乗せた筏を流し、岸壁の下に着いた兵士が岩の壁をよじ登り城兵を慌てさせたといいます。
長尾景春の乱が治まった後は山内上杉氏の勢力下に入りました。
しかし、天文15年(1546年)にあったとされる河越夜戦で上杉方が北条氏康に敗れると、山内上杉氏の家臣で鉢形城の城主であった藤田重利は氏康の三男氏邦を娘の大福の婿に迎え、北条氏の体制に組み込まれる事になりました。氏邦は当初長瀞町の天神山城に入りましたが、永禄3年(1560年)には鉢形城を改修し居城としました

北條まつりについて
鉢形城は、戦国時代、豊臣秀吉の全国制覇に最後まで抗した小田原の北条氏の配下にあり、北条早雲から三代目の氏康の三男氏邦が守っていました。守兵は3500名。
この城を攻めた豊臣秀吉軍は、前田利家・上杉景勝・島田利正、徳川家康麾下の浅野長吉、本多忠勝、鳥居元忠 らの連合軍、実に5万の兵でした。
北条方は、それに良く耐え、1ケ月の攻防戦を繰り広げたといわれます。
「北条まつり」は、これを再現しようという祭りです。

いよいよ部隊が入場してきます。
130513yorii20.jpg


130513yorii21.jpg


130513yorii22.jpg


鉄砲隊もいます。
130513yorii23.jpg


チビッコ軍団も
130513yorii24.jpg


砲撃戦が始まりました。
先ほどの火薬を、入れ子にセットして砲口から入れて火縄に火をつけるとズドン!! です。
大砲は丸太に穴を開けたものですが、けっこう派手な音と煙で迫力がありましたね。
一門で30発くらいは撃ったのではないでしょうか。
ずいぶん派手に撃っていて、なかなか楽しかったです。
130513yorii25.jpg


130513yorii26.jpg


130513yorii27.jpg


最初は槍部隊の乱戦。
130513yorii28.jpg


130513yorii29.jpg


こんな子も、立派に戦ってます(笑)
130513yorii30.jpg


外人さんも
130513yorii31.jpg


水中での熱戦も
130513yorii32.jpg


130513yorii33.jpg


けっこう迫力です。
130513yorii34.jpg


いよいよ大将戦
130513yorii35.jpg


130513yorii36.jpg


130513yorii37.jpg


130513yorii38.jpg


130513yorii39.jpg


130513yorii40.jpg


これも、すごい戦いでしたね。
130513yorii41.jpg


130513yorii42.jpg


130513yorii43.jpg


130513yorii44.jpg


今年は、しつこく何度も大将戦があったりして、長時間の合戦となりました。この日はものすごく暑い日になったのですが、合戦に参加された方の頑張りはすごいものでした。
ほんとに脱帽ものでしたね。

この辺で、今年の合戦はお仕舞にしようかのう・・・・・・
130513yorii45.jpg


本当にお疲れ様でした。



秩父夜祭

20121204

12月3日、昨夜ですが秩父夜祭に行ってきました。
歴史の仲間8人で出かけました。所沢と西武秩父往復の特急に安心して乗るため、11月3日の早朝に二人で並んで8人分の指定を確保しておいたわけです。

所沢で16時ちょっと前にレッドアローに乗り込み、西武秩父に17時に降り立って、まずは秩父神社を目指しました。
そこに笠鉾・屋台が勢ぞろいしているとのことだったので。
秩父鉄道の「お花畑」駅から線路に平行な道を秩父神社まで歩いていきましたが、両側にびっしりと屋台が並び、人手も多く、さすが日本三大夜祭の一つだと思いました。

秩父夜祭の特徴は、なんといっても神幸行列を夜に行い、真夜中に神社と武甲山の間にある御旅所で神事を執り行うというのが最大の特徴です。斎場祭が行われるのは夜の10時以降であり、神幸行列が神社にもどると朝の4時をすぎるそうです。

また、最も知れ渡っている有名な伝説は武甲山の男神(蛇神・蔵王権現)と秩父神社の女神(妙見菩薩)が年に一度の逢瀬を楽しむというものです。

秩父神社の境内に入ると、二台の山車が並んでいました。他の屋台は境内の周辺に置かれていました。
121203chichi01.jpg


まずは秩父神社にお参り。
121203chichi02.jpg


御神輿もスタンバイしています。舎人の衣装が立派です。
121203chichi03.jpg


神馬もつながれていました。
121203chichi04.jpg


笠鉾・屋台が出発するまで境内に留まることにしました。

「中近笠鉾」です。
現在の笠鉾は3代目で、1880(明治13)年に造られた名工荒木和泉の傑作です。構造は八棟造りの屋根の上に、3層の笠を立てた大型の笠鉾です。
唐破風のところの彫刻は「八岐大蛇」
121203chichi05.jpg


参考までに笠鉾なので、花笠をつけたときには、こんな感じになります。
121203chichi05a.jpg


こちらは「宮地屋台」
秩父最古の歴史を有し、登り勾欄のない古い形をとどめています。秩父の屋台の中では最も端正な形をしているといわれます。
121203chichi06.jpg


若衆が、中近笠鉾の花笠の花(縁起物)を売り歩いていました。
121203chichi07.jpg


出番を待っている、いなせな男衆。
121203chichi08.jpg


121203chichi09.jpg


121203chichi10.jpg


121203chichi11.jpg


女衆も粋でしたね。
鉢巻きから木札を下げています。
121203chichi12.jpg


イエーイと仲間で記念撮影。
121203chichi13.jpg


神幸行列が始まりました。厚い人垣で近寄れません。
121203chichi14.jpg


神輿が門から出てきました。
121203chichi15.jpg


神馬がストロボの光とかに興奮したのでしょう。遠くにいた私たちにもわかるほど仁王立ちして、すごいなあと話していたら、人垣が割れて神馬がこちらに向けて暴走してきました。危うい所でしたが、なんとか手前で止められました。
これは、その後一生懸命馬をなだめているところ。向こうの馬の居るところが行列の通るところで、そのこっち側に厚い人垣があったのです。
121203chichi16.jpg


いよいよ中近笠鉾のほうから、動き出します。
121203chichi17.jpg


ちょっと進んだところで方向転換。
笠鉾・屋台の方向転換には『ギリ廻し』と言われる方法が取られます。人込みで近くで見ることは出来ませんでしたが笠鉾・屋台の後部に「てこ」の支点になる台をセットし2本のテコ棒に10人ほど取り付いて後ろの車輪を持ち上げ、土台の中心部に「ギリ棒」をセットし車輪を浮かして、20人ぐらいの曳き手がギリ棒を軸にして一気に方向転換するそうです。
笠鉾の後ろが持ち上げられます。
121203chichi18.jpg


私達が居るところを通り過ぎていきます。
121203chichi19.jpg


121203chichi20.jpg


121203chichi21.jpg


121203chichi22.jpg


次いで宮地屋台が動き始めます。
121203chichi23.jpg


121203chichi24.jpg


やはり「ギリ回し」で方向転換。
121203chichi25.jpg


威勢よく動いていきます。
121203chichi26.jpg


121203chichi27.jpg


121203chichi28.jpg


121203chichi29.jpg


宮地屋台の後幕には赤い髪の3匹の「猩々」(中国の想像上の霊獣)が描かれています。
121203chichi30.jpg


続いて、私たちも通りに出ようと試みましたが、通りの手前でまったく進めず。
そこに「上町屋台」が通りかかりました。
四つ棟造りの屋根と、登り勾欄が附設された比較的新しい形の屋台です。
121203chichi31.jpg


見事な彫刻です。
121203chichi32.jpg


後幕には「鯉の滝登り」が描かれています。
121203chichi33.jpg


これで、一応満足したのと、ものすごい人手のため、身動きできず、交通規制が敷かれていて思う方向にも行かれないため、これで見物は切り上げ、遅い夕食を取ることにしたのが8時ちょっと前。
人混みで、思うように動けないため、できるだけ西武秩父に近い所まで移動して、繁華街からちょっと外れたところでうどん屋を見つけて食べました。

それから西武秩父駅に戻りましたが、交通規制と一方通行になっていて、かなりの大回りで帰るハメに。
一人だとパニくっていたかもしれない(笑)

駅には、「まつり会館」に展示されている昭和の名工による「昭和屋台」の十分の一のミニチュアが展示されていた。
121203chichi34.jpg


西武秩父発21:25のレッドアローで帰途につきました。

今回は、団体行動なのと、人混みで思うように行動できず、秩父神社境内だけでの見物となったが、神幸行列すべてと、笠鉾・屋台全部を見ることができる秩父神社近くのポイントは見当がついたので、来年はそこで写真撮影をしようと思う。
また、「おねり(歌舞伎道中)」と「歌舞伎公演」が3日の15時から18時くらいまであることがわかったので、これも来年の楽しみとしました。

(了)




金龍の舞・白鷺の舞/浅草・浅草寺

20121104

月曜に、幇間の芸などを楽しみに浅草に来ましたが、またもや土曜に浅草でした(笑)
今年が辰年ということで、春にいろいろと龍の事を調べていた時に、浅草・浅草寺の「金龍の舞」があることを知りました。また「白鷺の舞」があることもその時に知り、両方見られるのが11月3日だということで、年間スケジュールに組み込んで待っていたわけです。

それで、昨日12時ちょっと前に浅草に着き、まずはカレーで腹ごしらえし、そのあと「伝法院通りの「白波五人男」の写真を撮ってなかったので、それを撮ってから、浅草寺の境内に入りました。

金龍の舞は、昭和33年(1958)、本堂再建を記念して創始奉納されてからのものです。浅草寺の山号「金龍山」から名をとったこの舞は、『浅草寺縁起』に、観音示現の時「寺辺に天空から金龍が舞い降り、一夜にして千株の松林ができた(現世利益ともなる五穀豊穣の象徴)」とあることから創作されたものです。
 松林に見立てた浅草寺幼稚園園児による松慈童(まつじどう)と、観音さまを象徴する「蓮華珠(れんげしゅ)」が1名、これを守護する「金龍」(長さ約18メートル、重さ約88キロ)を8名が操作し、浅草組合花組のお囃子の中、勇壮華麗な舞が行われます。

さて、浅草寺の境内にやってきましたが、どこで演じられるのか皆目見当がつきません(汗)
焦って速足でぐるっと境内を探して歩きました。
そして、また本堂前に戻ってきたときに、宝蔵門からやってくる金龍に出くわしました。
これは後から考えると「ラッキー」以外の何物でもありません。
最近よく浅草詣でをしている御利益なんでしょうか(笑)
121103ryusagi01.jpg


121103ryusagi02.jpg


本堂の前でひと舞い。
121103ryusagi03.jpg


龍が追いかける玉が、観音さまを象徴する「蓮華珠(れんげしゅ)」です。
121103ryusagi03a.jpg


華麗な本堂の屋根をバックに。
121103ryusagi04.jpg


アッという間に目の前に
121103ryusagi05.jpg


121103ryusagi06.jpg


浅草組合花組のお囃子です。
121103ryusagi07.jpg


121103ryusagi08.jpg


う~~ん、いいなあと一瞬見とれました(笑)
121103ryusagi09.jpg


鉦や太鼓の男衆は乗れないで、歩きながらの演奏です。
121103ryusagi10.jpg


二天門です。
121103ryusagi11.jpg


二天門前の消防署でひと舞い。
121103ryusagi12.jpg


121103ryusagi13.jpg


酉の市も近いので、こんな熊手が消防署に飾られていました。
121103ryusagi14.jpg


今日、現地に来てから「時代まつり」があることを知りました。今年で24回目だそうです。
チラシを見ると、このパレードも面白そうです。その先頭が「金龍の舞」と「白鷺の舞」とのことでした。
本当は時代まつりのパレードも全部撮りたかったのですが、風邪で体調が悪かったので今日は「金龍の舞」と「白鷺の舞」だけに集中して撮るだけにしました。

待つことしばし、やっとパレードが始まりました。
121103ryusagi15.jpg


金龍の舞の先導を、浅草寺幼稚園園児による松慈童が務めます。
121103ryusagi16.jpg


121103ryusagi17.jpg


次いで「白鷺の舞」ですが、結局二天門前から雷門のところまで追いかけて、全体のいろいろを撮りました。
なので、これからの写真はパレードの進行順ではないです。
写っているお店の看板とかで、順番がメチャクチャだ、と怒られる前にお断りです(笑)

白鷺の舞は慶安5年(1652年)の「浅草寺慶安縁起絵巻」の祭礼行列の中にある「鷺舞」の姿を浅草観光連盟が昭和43年に東京百年の記念行事として復興したものです。鷺舞の神事は京都・八坂神社の祇園祭りが起源で千百年以上の昔から悪疫退散の為に奉納伝承され、非常に盛んであったと云われますが、いつしか中絶し、やがて慶安2年(1369年)に大内引世が京都から山口に八坂神社を勧請建立するにあたり山口の祇園祭りの神事として登場させ、更に天文11年(1542年)島根県津和野の城主吉見正頼が山口から移し今日では全国的に有名ですが、浅草寺の「白鷺の舞」は京都の正統を基本に慶安縁起の遷座供養祭礼行列を復元したもので、平安時代の風俗を眼のあたりに見ることが出来ます。

「白鷺」8名、「武者」3名、「棒ふり」1名、「大傘」1名、「楽人」19名、浅草寺幼稚園園児による「守護童子」などにより構成されます。

先頭は、武者と浅草寺幼稚園園児による「守護童子」
121103ryusagi18.jpg


先生も袴姿でいいですね。
121103ryusagi19.jpg


これは何の役かわかりません。
121103ryusagi20.jpg


「大傘」
121103ryusagi21.jpg


「楽人」、演奏中でなくてすみません。
121103ryusagi22.jpg


「白鷺の舞」です。
121103ryusagi23.jpg


121103ryusagi24.jpg


121103ryusagi25.jpg


121103ryusagi26.jpg


121103ryusagi27.jpg


このお師匠さんが、全体を指図したり、面倒をみていました。
121103ryusagi28.jpg


121103ryusagi29.jpg


121103ryusagi30.jpg


踊り手さんをアップ
121103ryusagi31.jpg


121103ryusagi32.jpg


雷門まできました。
121103ryusagi33.jpg


121103ryusagi34.jpg


121103ryusagi35.jpg


なにしろ、風邪で体調が悪かったので、これで撮影は切り上げました。
「時代祭り」のパレードのほうは、今年で様子がわかったので、来年良い場所取りをして撮影しようと思います。


川越祭り(2)

20121022

20日(土)の川越祭りの続きです。

川越祭りは、関東では数少ない山車のお祭りです。この山車は29台存在します。町内の象徴であり神が天降る座である山車のほとんどは三層、人形上下、枠上下型の江戸型(江戸系川越型)で、車輪は四ツ車と三ツ車です。二重鉾の最上部には山車ごとに異なった人形を飾りつけ、人形の名前が山車の名前にもなって呼ばれることが多い。人形は神話、民話、徳川幕府と川越藩にちなんだ人物などから題材が選ばれています。明治以前に作られた人形には仲秀英、原舟月などの江戸の名工の作品が多く残っています。

そして、この29基の山車が勢ぞろいするのは10年に一度の大祭のときだけなのですが、今年は、市制90周年ということで、29台の山車が全部出ました。

去年から川越祭りの写真を撮りだした私としては、全部の山車を撮るのは無理としても、できるだけ沢山の山車を撮りたいと思っていました。
撮る場所は、当初一番街(蔵造り通り)を考えていました。ここは通りを整備して電線がまったくありませんから、山車は伸び伸びと人形を出していられるわけです。背景も綺麗です。
ところが、幾つか撮って「弁慶」の山車に来た時、なんと弁慶が山車の上に居ない!!
121022kawa01.jpg


不思議に思って、山車の傍にいる人に聞くと、弁慶は上下が大変なのだそうです。「市役所のところでは出しますから」と、その人が済まながっていました。
巡行の重要なポイントは「市役所前」のようです。
で、私もそれではと、市役所前で待ち構えて、撮ることにしました。

この日撮った山車を紹介します。市役所前が一番多いですが、その他の場所で撮ったものもあります。
昨日紹介した「鍾馗」と「家光」の山車は省略します。

「川越太郎重頼(中原町)」
121022kawa02.jpg


121022kawa03.jpg


「三番叟(六軒町)」
121022kawa04.jpg


121022kawa05.jpg


「天鈿女命(大手町)」
121022kawa06.jpg


121022kawa07.jpg


移動するため、人形を下げる段になって人形が持っている「御幣」が風で複雑にからまり、外すのに苦労していました(笑)
121022kawa08.jpg


枠も下がり、人形も下がりましたがちょっと顔が見えているのがご愛敬。
121022kawa09.jpg


「浦島(松江町二丁目)」
移動中の山車。人形は見えています。
121022kawa10.jpg


枠が上がりました。
121022kawa11.jpg


人形も上に出ました。
121022kawa12.jpg


「龍神(松江町一丁目)」
121022kawa13.jpg


121022kawa14.jpg


「山王(元町二丁目)」
121022kawa15.jpg


121022kawa16.jpg


「家康(脇田町)」
121022kawa17.jpg


121022kawa18.jpg


「牛若丸(元町一丁目)」
121022kawa19.jpg


121022kawa20.jpg

囃子台高欄には牛若丸の物語が彫刻に。
121022kawa21.jpg


121022kawa22.jpg


「弁慶(志多町)」
121022kawa23.jpg


121022kawa24.jpg


これで、この日撮った11台全部です。去年と合わせて16台となりました。残る13台を来年頑張って撮ります。

山車がすれ違うときの「曳っかわせ」が川越祭りの楽しみです。
山車は回り舞台となっているので、山車の正面を向き合わせて、囃子の競演をします。
121022kawa25.jpg


市役所前では、三台の「曳っかわせ」が見られるのが特徴。
121022kawa26.jpg


「居囃子舞台」では、山車に乗らない囃子連の林の紹介がされていました。
121022kawa27.jpg


祭りの華を紹介しておきます。
手古舞衆、粋ですね。
121022kawa28.jpg


かわいい
121022kawa29.jpg


かわいい
121022kawa30.jpg


いなせですねえ
121022kawa31.jpg


たすきの色を変えてますね。
121022kawa32.jpg


きちんと身づくろいしなきゃ(汗)
121022kawa33.jpg


うわっ、吃驚した(笑) 山車から降りて休憩しているんですね。
121022kawa34.jpg


何を気にしてるのかな。
121022kawa35.jpg


ワンちゃんも正装です。
121022kawa36.jpg


「時の鐘」のところも大混雑でした。
121022kawa37.jpg


こんなおレストランがありました。右から書かれた店名で歴史がわかります。こんど食べにいこう。
121022kawa38.jpg


(了)


プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop