山城国一之宮・賀茂別雷神社(通称上賀茂神社)

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鎮座地:京都府京都市北区上賀茂本山339
参拝日:2017年3月22日

青春18キップの旅の初日、日吉大社に参拝し、京都に入り地下鉄「北山」駅から歩いて、まず大田神社に参拝してから、当社に着いた。

一の鳥居
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社号標
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式内社(名神大社)、山城国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)、通称は上賀茂神社(かみがもじんじゃ)。
ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されている。

京都最古の歴史を有する一社であり、かってこの地を支配していた古代氏族「賀茂氏」の氏神を祀る神社として、賀茂御祖神社(下鴨神社)とともに賀茂神社(賀茂社)と総称される。賀茂社は奈良時代には既に強大な勢力を誇り、平安遷都後は皇城の鎮護社として、京都という都市の形成に深く関わってきた。賀茂神社両社の祭事である賀茂祭(通称 葵祭)で有名である。

ご祭神:賀茂別雷大神 (かもわけいかづちのおおかみ)
賀茂氏の祖神。「別雷」は「若雷」の意味で、若々しい力に満ちた雷(神鳴り)の神という意味である。

創建については諸説ある。
社伝では、神武天皇の御代に本殿の北北西にある秀峰神山(こうやま)に御降臨になり、天武天皇の御代(678年)に現在の御殿の基が整えられた。

ご祭神については、神話(『山城国風土記』逸文など)によると、太古の昔山城国(現在の京都)に移り住んだ賀茂一族の姫・賀茂玉依比売命(かもたまよりひめのみこと)が川で身を清めていると、上流より天降りし丹塗矢(にぬりのや)が流れて来た。その矢を持ち帰った賀茂玉依比売命が床に祀り休まれたところ、御神霊の力を享け御子を授かった。
御子が元服したとき、祖父である一族の長・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が多くの神々を招き祝宴を催し、その席で「汝の父と思う神に盃を捧げよ」と申され、盃を渡したところ、御子は「我が父は天津神なり」と答えられ、雷鳴と共に、そのまま天に昇られたと記されており、再び会いたいと乞い願っていた賀茂玉依比売命の夢枕にある夜、御子が顕われ「吾れに逢はんとには、馬に鈴を掛けて走らせ、葵楓の蘰(かずら)を造り、厳しく飾りて吾れを待たば来む」との神託があり、その言葉に従い神迎の祭をしたところ天より神として御降臨されたと伝わる。
この御子神が賀茂別雷大神である。

丹塗矢の正体は、乙訓神社の火雷神とも大山咋神ともいう。玉依日売とその父の賀茂建角身命は下鴨神社に祀られている。国史では、文武天皇2年(698年)3月21日、賀茂祭の日の騎射を禁じたという記事が初出で、他にも天平勝宝2年(750年)に御戸代田一町が寄進されるなど、朝廷からの崇敬を受けてきたことがわかる。

延暦13年(794年)の平安遷都後は、皇城鎮護の神社としてより一層の崇敬を受け、大同2年(807年)には最高位である正一位の神階を受け、賀茂祭は勅祭とされた。『延喜式神名帳』では「山城国愛宕郡 賀茂別雷神社」として名神大社に列し、名神祭・月次祭・相嘗祭・新嘗祭の各祭の幣帛に預ると記載されている。弘仁元年(810年)以降約400年にわたって、伊勢神宮の斎宮にならった斎院が置かれ、皇女が斎王として奉仕した。

明治の近代社格制度でも伊勢神宮に次ぐ官幣大社の筆頭とされ、明治16年(1883年)には勅祭社に定められた。

境内図
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一の鳥居をくぐると、広大な広場が広がる。
参道の右手には、咲くと見事だろうなと思わせる「斎王桜」と「御所桜」が並んでいる。
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神馬舎
残念ながら、平日なので神馬「神山号」は不在。
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二の鳥居
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二の鳥居を入ると、右手に「楽屋」がある。
馬の形のおみくじ結びがしゃれている。

〇楽屋 1628年建造 重要文化財
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〇土屋(到着殿) 1628年建造 重要文化財
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細殿の前にあるのが、有名な「立砂」である。

〇立砂
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頂に松の葉が立てられ、陰と陽の一対となっている。
右が二本なので、偶数で「陰」
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左が三本なので、奇数で「陽」
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〇拝殿(細殿)  1628年建造 重要文化財
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正面の左右には、干支の絵馬がかけられている。
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〇手水舎(神山水)
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〇樟橋
「別名、長寿橋とも云い、一見石橋に見えますが、実は樟(くすのき)の化石であり、この橋を渡ると長寿になるという云われが古くより伝わっています。」の説明に吃驚!!
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〇玉橋 重要文化財
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楼門が、工事中でスッポリと覆われていてガックリ。

〇四脚中門 - 1628年建造 重要文化財
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ここから本殿に向かって拝礼します。本殿は神聖な場所で近づくことはできません。
この中に、国宝の権殿、本殿があり、更に摂社「若宮神社(ご祭神:若宮神)」、末社「杉尾社 (ご祭神:杉尾神)」、末社「土師尾社(ご祭神:建玉依比古命)」がある。

私はテレビの特集番組で、中を映像では見ている。
中に入れたとしても、撮影禁止なので皆さんにお見せすることは出来ないが、権殿、本殿のそれぞれに獅子・狛犬が回廊に置かれて、守っている。
しかも、社殿の壁に獅子・狛犬が描かれていて「影狛」と云われる。
狩野派の絵師によるこの絵は、社殿の上に鎮座する狛犬たちの影を写し取って描かれたもの、と言われている。向かって右側に金色と緑の獅子(阿形)、左側には銀色と青の狛犬(吽形)。
壁に描かれたものと、獅子・狛犬像とは、色調も呼応している。
テレビの番組では、宮司さんが「狛犬さんが抜け出しては里でいたずらするので、影狛を描いて神社から抜け出さんよう封じている」と説明していた。

本殿に祀られているご祭神は、賀茂別雷大神 (かもわけいかづちのおおかみ)

神紋は「二葉葵」
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〇末社・棚尾社本殿 重要文化財
四脚中門に附いている。
ご祭神は、櫛石窓神と豊石窓神で、宮殿の門を守る神。
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新宮神社と山尾社に向かって歩いていると、中門から延びる瑞垣の屋根に、魔よけの細工がすごかった。
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〇摂社「新宮神社(ご祭神:高龗神)」・末社「山尾社(ご祭神:大山津見神)」
遥拝所にあたる門
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金網越しに参拝。
正面が新宮神社、その左に横から見えているのが山尾社。
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〇末社・川尾社(ご祭神:罔象女神)
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〇摂社・片山御子神社(片岡社)
第一摂社。延喜式内社(大)「愛宕郡 片山御子神社」にあたります。
ご祭神:玉依比売命
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片山御子神社(片岡社)は、上賀茂神社の御祭神「賀茂別雷大神」の母君である「玉依比売命」を祀ったお社です。玉依比売命は賀茂族で最も権威の高い女性で、「賀茂別雷大神」に仕えて祭司を司っておられたと言われています。片山御子神社は第一摂社として上賀茂神社の祭礼でも、まず最初に祭りを行うのが恒例になっています。

〇摂社・須波神社
延喜式内社「愛宕郡 須波神社」にあたります。
ご祭神:阿須波神・波比祇神・生井神・福井神・綱長井神
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社殿の両脇を流れていた、御手洗川と御物忌川が合流し、「ならの小川」となって流れます。
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〇舞殿(橋殿)  1863年建造 重要文化財
上賀茂神社の舞殿は橋殿とも言われ、境内を流れる御手洗川をまたぐように建てられています。夏越大祓(なごしのおおはらえ)のお祭りでは橋殿から御手洗川に人形が流されます。(重要文化財)
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〇紫式部の和歌の歌碑
片山御子神社は「縁結びの神様」としても古来から有名で、紫式部が何度もお参りしたことでも知られています。紫式部は、片岡社にちなんでこんな和歌を詠んでいます。
「ほととぎす 声まつほどは 片岡の もりのしづくに 立ちやぬれまし」
(新古今和歌集:第三巻 夏歌)
「和歌の意味」
ホトトギス(将来の結婚相手の声)を待ちわびる間、片岡社の木の下に立ち、朝露に濡れていましょう。
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「ならの小川」の清流が、ここで二つに分かれる。
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〇末社・岩本社(ご祭神:底筒男神・中筒男神・表筒男神)
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〇摂社・賀茂山口神社(ご祭神:御歳神)
延喜式内社「愛宕郡 賀茂山口神社」にあたる。
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〇北神饌所(庁屋)(奈良神社拝殿付属) 1628年建造 重要文化財
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〇摂社・奈良神社(ご祭神:奈良刀自神)
鳥居と北神饌所の間にある。
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ならの小川沿いに、二社あり。
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〇末社・山森社(ご祭神:素盞嗚神・稲田姫命・田心姫命)
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〇末社・梶田社(ご祭神:瀬織津姫神)
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これで、上賀茂神社の参拝を終えました。
また、歩いて地下鉄北山駅に行くのはしんどいな、と思って一の鳥居前のバス停に行くと、巡回バスが北山駅前を通るのがわかり、北山駅前までバスで移動。
助かった。

地下鉄で北山駅から今出川駅に移動、出雲路幸神社、鴨川デルタに向かいました。


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大田神社と社家町

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青春18キップの旅の初日、日吉大社の参拝後に湖西線で京都駅に出て、そこから地下鉄で「北山」駅まで移動、そこから歩いて15分くらいで到着しました。

【大田神社】
鎮座地:京都府京都市北区上賀茂本山340
参拝日:2017年3月22日

社号標
社格等: 式内社(小)、 賀茂別雷神社境外摂社
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大田神社は上賀茂神社(賀茂別雷神社)の摂社で、上賀茂を開墾して栄えた賀茂氏によって崇敬されました。起源は上賀茂神社よりも古く上賀茂では最古の神社と言われています。
古くは「恩多社(おんたしゃ)」と云われたようです。
ご祭神は、天鈿女命(あめのうずめのみこと)

賀茂における最古の神社と伝わることから、長寿の信仰がある。

創建は不詳。賀茂県主(かものあがたぬし)が当地に移住する以前から先住民によって祀られたといわれるが、明らかではない。
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では山城国愛宕郡に「太田神社」(写本によっては「大田神社」)と記載され、式内社に列している。

参道の説明書き
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赤鳥居と、その前の神橋
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神橋右側の水面に「蛇の枕」があります。

〇蛇の枕
鳥居前に架かる石橋右側下の水面から、小さな石が顔をのぞかせている。この石は「蛇の枕」または「雨石」と呼ばれ、蛇が枕にしていたと伝える。蛇は雨を降らせる生き物とされ、この蛇がいる枕のもとに行けば、雨乞いができると考えられた。儀礼は、この枕石を農具(鉄器)などで叩いて行われる。こうすることで、枕を叩かれた蛇が怒って雨を降らせるという。
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静かで気持ちの良い参道。
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大田神社の絵馬には、京都市の無形民俗文化財に登録されている巫女神楽で使われる、神楽鈴が描かれています。
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社殿が近くなりました。
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手水鉢
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本殿・拝殿とも寛永5年(1628年)の造替。

拝殿
拝殿は「割拝殿」(わりはいでん:中央が吹き抜けて通れる拝殿)という古い形式で、屋根は本殿と同じく檜皮葺である。
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本殿
本殿は一間社流造で、屋根は檜皮葺。
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拝殿の前から、「大田の小径」が延びています。
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境内後方には、「大田の小径」と呼ばれる全長約750mの散策路が延びる。この散策路は、平成17年(2005年)に、地域住民で構成する「上賀茂自治連合会」「上賀茂まちづくり委員会」らによって整備されたもの。
神社背後の小山に、未舗装ながら整備された山道が続いている。散策路の両脇にはロープが張られているほか、途中の数か所に標識が設けられ、迷うことなく散策できる。北大路魯山人が愛したという山つつじが出迎える山道を進むと、展望箇所が設けられており、好天時には京都タワーや伏見桃山城を遠望できる。杉林を抜けて散策路を進むことで、岡本口(東側登り口、上賀茂岡本町地内)に至る、とのことです。

摂末社に参拝。
いずれも上賀茂神社においても境外末社に位置づけられています。

白鬚社
ご祭神:猿田彦命
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鎮守社
ご祭神:大国主神、少彦名神
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百大夫社
ご祭神:船玉神(ふなたまのかみ)
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境内脇の、「大田ノ沢のカキツバタ群落」が有名です。
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〇大田ノ沢のカキツバタ群落(国の天然記念物)
参道の脇の「大田ノ沢」では、約2000平方メートルの敷地にカキツバタ約25,000株が自生しており、「大田ノ沢のカキツバタ群落」と呼ばれる。この大田ノ沢は平安時代からの名所とされ、尾形光琳の『燕子花(かきつばた)図』のモチーフになったとの言い伝えもある。毎年5月上旬から中旬にかけての開花時に、沢一面に濃淡さまざまな紫色の花をつけ、多くの観光客の目を楽しませる。
大田ノ沢は古代に深泥池と同様に沼地であったといわれ、かつて京都盆地が湖であった頃の面影を残すものであるとして、カキツバタ群落とともに、昭和14年(1939年)に国の天然記念物に指定された。

文治6年(1190年)には、『千載和歌集』の編者で著名な藤原俊成が、紫一色に染まる様子を一図な恋心に例えて次の歌を詠んでいる。
「神山(こうやま)や 大田の沢の かきつばた ふかきたのみは 色にみゆらむ」
歌の大意:神山(賀茂別雷命の降臨地)の近くにある大田神社のかきつばたに、深くお願いする色事は、かきつばたの色のように一途で美しく可憐なのだろうか。

この時期では、ちょぼちょぼと芽が出てきた段階でした。
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咲けば、このように見事な群落になるようです。
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大田神社を後にして、上賀茂神社に向かいますが、まずは上賀茂神社から流れる禊の清流「明神川」のところに出ます。

大きなクスノキがあります。
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クスノキの下に、上賀茂神社末社「藤木神社」があります。

〇藤木神社
ご祭神:瀬織津姫神
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ここから上賀茂神社まで、明神川沿いに社家町(しゃけまち)があります。

【社家町(しゃけまち)】
上賀茂神社の東隣には、独特の風情が漂う「社家町」が広がっています。
「社家町」とは、神職(社家)の住宅が集まる町の事。
とうぜんのことながら神職は仕える神社のすぐ側に家を構えるので、特に大きな神社ともなると数多くの社家住宅が建ち並び、社家町が形成されます。
とはいえ、現在はそのほとんどが失われてしまい、まとまった規模で残るところは全国でも極々わずか。
そのような中で、上賀茂神社の社家町は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されていほど、美しい街並みとして残っています。

上賀茂神社から流れる禊の清流「明神川」
明神川沿いに建ち並ぶ社家住宅では、それぞれの家の敷地内に明神川の水を引き込み、生活用水や庭園の遣水、そして身を清める禊の水として利用してきました。
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暖簾がかかっていたので気になったのですが、上賀茂神社に先を急いだのですが、帰ってからネットで調べると良いお店だったみたいで、惜しいことをしました。
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もう、上賀茂神社が見えてきました。
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日吉大社(後編)

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鎮座地:滋賀県大津市坂本5−1−1
参拝日:2017年3月22日

青春18キップでの京都と奈良の神社めぐりの最初に訪れたのがここですが、「前編」からの続きです。

【上七社 摂社白山姫神社】
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参道
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白山姫神社拝殿 重要文化財
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白山姫神社本殿 重要文化財
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やはり回廊に、神殿型木製狛犬が侍る。
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本殿正面扉
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ご祭神は、菊理姫命

神紋は、「並び杉」
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白山宮境内に、四社の境内社が並ぶ。
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〇下七社  末社劔宮社
ご祭神は、瓊々杵命。
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〇境内社 小白山社
ご祭神は、大己貴神。
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〇境内社 八坂社
ご祭神は、素佐之男神
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〇境内社 北野社
ご祭神は、菅原道真公
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ここから、降って東本宮に向かいます。
石段を下って、今までいた白山宮境内を見上げる。
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途中の山道に、恵比須社があり。

〇日吉大社境内社 恵毘須社
ご祭神は、事代主神
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境内には、鬱蒼と杉の大木が並ぶ。
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向うに、東本宮の楼門が見えてきたところで、左手に八王子山(牛尾山)への登り口が見える。
登り口の両側に境内社がある。
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〇境内社 三宮宮(八王子山頂の奥宮に対し、里宮)
ご祭神は、鴨玉依姫神荒魂。
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〇境内社 牛尾宮(八王子山頂の奥宮に対し、里宮)
ご祭神は、大山咋神荒魂(旧称 八王子神)
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神紋は「くずれ菊」。
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八王子山(牛尾山)への登り口。
本当に登りたかったのだが、無念。
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〇東本宮楼門 重要文化財
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樹下神社と東本宮が同じ敷地にあり、楼門をくぐると、前方に東本宮の参道が延びるが、それと直角に樹下神社の参道が交わる、特異な配置になっている。
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【上七社 摂社樹下神社(じゅげじんじゃ)】

摂社樹下神社拝殿 重要文化財
地味な入母屋の拝殿ですが、大きな鳥が羽ばたくような美しさを感じます。
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摂社樹下神社本殿 重要文化財
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回廊に、神殿型木製狛犬
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本殿正面
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ご祭神は、鴨玉依姫神。
賀茂建角身命と丹波国神野の神伊可古夜日売の娘。 大山咋神との間に賀茂別雷命(上賀茂神社の祭神)を産んだ。

神紋は、「十八葉菊」
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【上七社 東本宮】

東本宮拝殿 重要文化財
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東本宮本殿 国宝
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回廊に、神殿型木製狛犬
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本殿正面
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ご祭神は、大山咋神

神紋は、「二葉葵」
本殿には見つからなかったので、「二葉葵」をモチーフにした装飾を載せておく。
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〇亀井霊水
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〇中七社 摂社新物忌神社
ご祭神は、天知迦流水姫神。
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〇摂社早雄神社・摂社大物忌神社
ご祭神:
早雄神社は須佐之男命、大物忌神社は大年神
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〇境内社 稲荷社
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〇下七社 末社二宮竈殿社
ご祭神は、奥津彦神・奥津姫神
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〇境内社 内御子社
ご祭神は、猿田彦神
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〇日吉雌梛(めなぎ)
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〇日吉雄梛(おなぎ)
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楼門から出て、参道を下ります。その両側に境内社があり。

〇境内社 須賀社
ご祭神は、素戔嗚神奇魂。
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〇境内社 巌滝社
ご祭神は、市岐島姫神・滝津島姫神
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〇猿岩
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〇下七社 摂社氏神神社
ご祭神は、鴨建角身命・琴御館宇志麿
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〇境内社 氏永社
ご祭神は、祝部希遠(社家先祖神)
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〇境内社 八柱の神
ご祭神は、五男三女神(天照大御神と素戔嗚尊が誓約をしたときに生まれた神)
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下って来た参道を振り返る。
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これで、広い日吉大社の境内を駆けまわって参拝したが、ほぼ全体を廻った。

二宮橋は渡れないので、横に設けられた橋を渡る。
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【重要文化財 二宮橋】
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これで、広い日吉大社の参拝を終え、またJR比叡山坂本駅に戻り、京都に移動。
次の参拝地は「上賀茂社」である。

(了)


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日吉大社(前編)

20170327

鎮座地:滋賀県大津市坂本5−1−1
参拝日:2017年3月22日

青春18キップでの京都と奈良の神社めぐりの最初に訪れたのがここ。
JR比叡山坂本駅から歩いてきて二つ目の鳥居と社号標がある。
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ここから先の両側には、比叡山の僧が高齢となり隠居所として賜った里坊が並ぶ。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
じっくりと見たいところだが、残念ながら通り過ぎる。
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赤鳥居
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社号標
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日吉大社(ひよしたいしゃ)は、滋賀県大津市坂本にある神社。式内社(名神大社)、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。西本宮と東本宮を中心とする400,000m2の境内は国の史跡に指定される。社名の「日吉」はかつては「ひえ」と読んだが、第二次世界大戦後は「ひよし」を正式の読みとしている。

文献では、『古事記』に「大山咋神、亦の名を山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し」とあるのが初見だが、これは、日吉大社の東本宮の祭神・大山咋神について記したものである[2]。日枝の山(ひえのやま)とは後の比叡山のことである。日吉大社は、崇神天皇7年に、日枝山の山頂から現在の地に移されたという。

また、日吉大社の東本宮は、本来、牛尾山(八王子山)山頂の磐座を挟んだ2社(牛尾神社・三宮神社)のうち、牛尾神社の里宮として、崇神天皇7年に創祀されたものとも伝えられている。なお、三宮神社に対する里宮は樹下神社である。

西本宮の祭神・大己貴神については、近江京遷都の翌年である天智天皇7年、大津京鎮護のため大神神社の神が勧請されたという。以降、元々の神である大山咋神よりも大己貴神の方が上位とみなされるようになり、「大宮」と呼ばれた。

平安京遷都により、当社が京の鬼門に当たることから、鬼門除け・災難除けの社として崇敬されるようになった。神階としては、元慶4年、西本宮の祭神が、寿永2年、東本宮の祭神が、それぞれ正一位に叙せられた。『延喜式神名帳』では名神大社に列格し、さらに長暦3年、二十二社の一社ともなった。

最澄が比叡山上に延暦寺を建立し、比叡山の地主神である当社を、天台宗・延暦寺の守護神として崇敬した。中国の天台宗の本山である天台山国清寺で祀られていた山王元弼真君にならって山王権現と呼ばれるようになった。延暦寺では、山王権現に対する信仰と天台宗の教えを結びつけて山王神道を説いた。中世に比叡山の僧兵が強訴のために担ぎ出したみこしは日吉大社のものである。天台宗が全国に広がる過程で、日吉社も全国に勧請・創建され、現代の天台教学が成立するまでに、与えた影響は大きいとされる。

元亀2年(1571年)、織田信長の比叡山焼き討ちにより日吉大社も灰燼に帰した。現在見られる建造物は安土桃山時代以降、天正14年(1586年)から再建されたものである。信長の死後、豊臣秀吉と徳川家康は山王信仰が篤く、特に秀吉は、当社の復興に尽力した。これは、秀吉の幼名を「日吉丸」といい、あだ名が「猿」であることから、当社を特別な神社と考えたためである。

明治に入ると神仏分離令により、仏教色が廃された。また、本来の形に戻すとして、東本宮と西本宮の祭神を入れ替えて西本宮の大山咋神を主祭神とし、大物主神を祀る東本宮は摂社・大神神社に格下げした。明治4年、官幣大社となった。昭和3年、東本宮・西本宮ともに官幣大社となり、元の形に復した。

境内図
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なにしろ日吉大社の境内は広く、最初から牛尾山(八王子山)山頂の磐座(金大巌)・牛尾宮・三宮宮はあきらめたので、残念だが完璧に参拝はできていない。

最初に西本宮に参拝し、東本宮に向かって順番に参拝していった。
整理して載せてはいないので、それぞれの社の山王二十一社での位置づけは、Wikipediaで参照をお願いする。

Wikipediaの「日吉大社」を見る


【中七社 摂社早尾神社】
境内入口の石段上にある。
苔むしており、すごく登り難い石段だった。
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社殿
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ご祭神は素盞嗚神。
残念ながら、お留守だった。
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【重要文化財 大宮橋】
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走井橋から眺めた大宮橋
木造橋の形式をそのまま用いている。
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【重要文化財 走井橋】
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走井橋そばの走井祓殿社
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走井祓殿社のところの巨杉の枝がえらいことになっていた(驚)
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山王鳥居が見えてきました。
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〇猿塚
山王鳥居の手前に、「猿塚」と呼ばれる大きな石組がある。この写真の右側に映っているもの。
これは古墳の石室の蓋が露出したもので、境内には約70基もの古墳が確認されており、「日吉古墳群」として遺跡に指定されている。
出土品から6世紀中頃から後半と推定されるが、この古墳の穴は唐崎(日吉大社ゆかりの湖岸)まで通じていることや神様のお使いの神猿さんが年老いて自身の死期を悟ったときに、自ら猿塚の中へ入っていくという伝説があるそうです。
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〇山王鳥居
私には、赤坂の日枝神社でおなじみだが、これがオリジナルのもの。
別名、合掌鳥居と云い、笠木の上の部分が合掌を意味し、神仏混合の状態をあらわす。
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〇神馬舎
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【神猿舎】
ちょうど係の人が掃除中でした。
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猿は古くから境内で飼われており、既に室町時代の記録にも登場します。江戸時代の絵図等には「猿飼所」「猿厩」が記されている。

山王さまの神使としての猿は、「神猿(まさる)」と云われ、「魔が去る」、「勝る」に通じるとして大事にされている。

あとで覗くと、一匹いた。
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西本宮楼門の前に、二つの磐座がある。

〇山王霊石「祇園石」
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〇山王霊石「大威徳石」
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【西本宮】

手水舎
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〇楼門 重要文化財
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「暮股」と呼ばれる楼門二階部分の正面にも3匹の神猿さんが、松の木の上で遊ぶように楽しげな装飾が施されている。
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西本宮楼門の軒下四隅には、それぞれ違ったポーズの神猿さんがお参りに訪れる方々を見守っています。
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楼門の左右には、奉納された酒樽が積まれている。
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〇西本宮拝殿 重要文化財 安土桃山時代の建立
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拝殿の正面に掲げられているのは、丸山応挙の高弟、長澤芦雪が描いた親子の「猿図」の絵馬。
寛政4年(1792)奉納。
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西本宮本殿の正面に向かって左側の「竹臺」
伝教大師が中国の天台山から持ち帰った竹を植えたもの。
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〇西本宮本殿
桁行五間・梁間三間・檜皮葺の日吉造。
織田信長の比叡山焼き打ち(1571)で焼失後、天正14年(1586)再建、慶長2年(1597)改造。
東西本宮の本殿は、日吉造という独特の構造である。
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回廊には神殿型木造獅子狛犬が侍る。
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正面扉
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背面の屋根にのみ庇が無いのが、日吉造の特徴。
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檜皮葺が厚い。
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ご祭神は大己貴神(大国主神に同じ)

神紋は、「牡丹」
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〇下七社 末社竈殿社
ご祭神:奥津彦神・奥津姫神
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【上七社 摂社宇佐宮】
創建時から675年までは西本宮に夫とされる「大己貴神」と共に祀られていたようです。
「宇佐宮」の名は、大分県の宇佐神宮のご祭神が応神天皇、神功皇后、比売大神(宗像三女神)であることから名づけられたようです。
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参道には、赤い灯篭が並ぶ。
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〇宇佐宮拝殿 重要文化財
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〇摂社宇佐宮本殿
西本宮本殿、東本宮本殿と同様、屋根は日吉造である。
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回廊には神殿型木造獅子狛犬が侍る。
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本殿正面
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ご祭神は、田心姫神(たごりひめ)
宗像三神の長女(宗像大社・沖津宮に祀られている)
大国主神との間に鴨族の祖、迦毛大御神とよばれる阿遅鉏高日子根神(あじすきたかひこね)と下照姫神(したてるひめ)を生む。

神紋は「流水三つ巴」と「橘」
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〇下七社 末社気比社
ご祭神は仲哀天皇
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〇末社宇佐竈殿社
ご祭神:奥津彦神・奥津姫神
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〇中七社 末社宇佐若宮
ご祭神は、下照姫神(宇佐宮の娘)
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日吉大社(後半)の記事を見る



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手子(てこ)神社/神奈川県横浜市金沢区

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鎮座地:神奈川県横浜市金沢区釜利谷南1丁目1−8
参拝日:2017年2月22日

娘が、2月から金沢文庫駅近くに住むようになり、行く機会が増えた。
ちょっと空き時間があり、地図を見ていて気になる名前の神社が近くにあったので、参拝してみた。

鳥居
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由緒書き
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社伝によると、文明55年(1473)、当時の釜利谷の領主伊丹左京亮(いたみさきょうのすけ)が、瀬戸神社の分霊を勧請したのが起源で、創建当初は宮ヶ谷にあったが、延宝7年(1679)伊丹左京亮の末裔・江戸浅草寺の智楽院忠運権僧正(ちらくいんちゅううんごんそうじょう)が、現在地に再建して以来、釜利谷郷総鎮守として信仰を集めていると伝えられている。

ちなみに、「瀬戸神社」は、同じく横浜市金沢区瀬戸にある神社で、源頼朝が伊豆三島明神を勧請して治承4年(1180)に創祀したといいます。
瀬戸神社のご祭神は、速須佐之男命、菅原朝臣道真公である。
ところが、手子神社のご祭神は大山祇命である。
どのようにしてご祭神が変化したのかは、不明。

手水舎
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社殿に上がる石段の上り口に、年号不明だが由緒ありげな石灯篭があり。
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社殿に上がる石段
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石段を上がると、左右に千尋の谷から這い上がる子とじっと待つ親の獅子山がある。
慶應3年(1867)造立のもの。
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現在の社殿は関東大震災後に再建したもの。
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向拝部の彫刻が良い。

中央には、琴をひく弁天様(?)と龍、鳳凰。
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向拝柱の梁には龍、木鼻には獅子、肘木には神亀が。
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社額
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海老虹梁の彫刻も良い。
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手挟みに神亀の彫刻が。
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手挟みの肘木と手挟みの内側の鳥の彫刻。
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本殿
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ご祭神は、大山祇命

境内社「竹生島弁財天」
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古くより金沢八景の一つ「小泉の夜雨」の勝景の中心として神社の東側にあったのですが、昭和15年海軍の施設建設により現在地の神社内に移建し遷祀されたもの。

社号碑
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社号碑に「金澤八景勝地小泉夜の雨」とあり。
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元禄7年金沢の地に立ち寄った中国僧、心越禅師(しんえつぜんし)は、能見堂(今の能見台)からの風景が故郷中国の瀟湘(しょうしょう)八景にそっくりと絶賛。このことから金沢八景と名付けられました。幕末の浮世絵師、歌川広重が描いた絶景。
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小泉は、横浜市金沢区釜利谷にある手子神社の東側を中心とした場所で、現在では区画整理などで当時の風景は失われている。本図では、右手に斜面が見え、左手に海が望めるが、平潟湾などの海岸までは数kmの距離があり、名称の地と作図された地では誤差があると考えられる。図内で斜線で描かれている雨は、広重の作品ではよく登場し、作品ごとに雨線の太さや角度などが微妙に違い、表現の工夫が感じられる。

かつては宮川流域の海抜の低い場所まで平潟湾が入り込んでいたであろうから、小泉の瀟湘の松であれ小泉のこの地であれ、弁財天を祀るには相応しい海に近い場所であったからであろう。

竹生島弁財天は洞穴の中に祀られている。
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弁財天のご神体は「宇賀神(うがじん)」であった。
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宇賀神(うがじん)は、日本で中世以降信仰された神。
神名の「宇賀」は、日本神話に登場する宇迦之御魂神(うかのみたま)に由来するものと一般的には考えられている(仏教語で「財施」を意味する「宇迦耶(うがや)」に由来するという説もある)。
その姿は、人頭蛇身で蜷局(とぐろ)を巻く形で表され、頭部も老翁や女性であったりと一様ではない。
仏教の神(天)である弁才天と習合あるいは合体した。
宇賀弁才天への信仰は、延暦寺に近い近江国・竹生島を中心に、安芸国・厳島、相模国・江ノ島など全国に広まった。

神社の下、宮川沿いに大きなケヤキの木があり。
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そして、神社下(宮下橋から宮川橋の間)の宮川沿いに13基の庚申塔や馬頭観世音、青面金剛などが一列に並んでおり、かつての街道沿いであることを示している。
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その中から、私が普段特に注意している庚申塔を挙げておく。

宝暦6年(1756)造立の、三眼合掌型青面金剛庚申塔。
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この庚申塔の注目すべきは、通常青面金剛に踏みつけられているはずの邪鬼が足元に這い蹲っていることである。
これは初めて見た。
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元禄5年(1692)造立の、三眼合掌型青面金剛庚申塔。
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享保2年(1717)造立の、合掌型青面金剛庚申塔。
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(了)


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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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